チェ・ゲバラの本10冊

自分がキューバに行くまで、革命なんて全く興味がなかった。
日本で、チェ・ゲバラのシルエットがついたTシャツ着てる男の子は、「ゲリラおたくなんだろか?」みたいな認識で。
どうして「武力の人」が世界中で英雄視されてるのか、知ろうともしなかった。
ところが、せっかくはるばるキューバまで来たのだからと、ゲバラの執務用邸宅の玄関まで行った時。


がーん、となった。



そこに書かれていたゲバラの言葉を読んで、この人のことを何も知らなかったのは、大変な失態だったことを直感した。
ハバナの街のあちこちにチェ・ゲバラの肖像やモチーフを発見した。
革命博物館にも寄った。



わー、となった。



そんなわけで、帰国してから、ゲバラ本人の著書や他の人が書いたものを読んでみた。
戦闘好きで冷酷な人だと思っていたら、研究熱心な医者であり、詩人であり、子どもや友をこよなく愛する人だった。
笑顔の写真が多いのにも驚いた。
ゲバラはなにしろよく書く人で、著書も論文も多いし、もちろん亡き後はいろんな人がいろんなエピソードを書いた。
生前から、ゲバラは真実を追究することを信条とし、英雄になる祭り上げられるつもりはない人だったので、本人は後者のような印刷物を望まないかもしれない。
事実を虚飾した文字の羅列は嫌い、たとえ褒め言葉であっても、出版社にダメだしをしたらしいし。
ゲバラの文章や日記は、真実を残すために書かれているよ。
ゲバラの文献や資料をまとめている「チェ・ゲバラ研究センター」は、家族が設立したもので、真実から離れた独り歩きの記録やバラバラな解釈が拡がっていかないようにし、未来に革命の情熱と希望をつないでいく役目を担っているらしい。
このセンターが監修した本には、冒頭にその旨が記されているみたい。
彼が望むのは、革命の魂が未来にずっと息づき、ラテンアメリカが一致団結して、良い国になること。
だから、自分の死など、たいしたことではないと。



ゲバラの人生をある程度知って、不可解に思ったこと。
彼は医者であるので、革命中も部隊の負傷者や行軍中に寄った民家の人、そして捕虜の診察や手当をした。
その一方で、密告者、権力を利用して乱暴をした自分の部隊の者、脱走者には容赦なく銃弾をお見舞いして処刑した。
このバランス感覚が、平和ボケして、口先だけで「命が大事」と言ってる私には難しかった。
ゲバラはその点について、政治活動に入る時すでに結論が出ていて、迷いもない。
「闘いたいのではない。闘うしかないから闘うのだ」と。
「平等」「民族の尊厳」という真理を自己中心的な利益のために侵すのは絶対に許さない。
それに対抗するには、武力しかないと。
国家の利益のための戦争とゲバラのゲリラ闘争との明確な違いも分かった。




ゲバラから友人に宛てた手紙には、自分が革命家としては老いてきていることが書かれている。
39年という短い人生だったけど、革命家であるうちに死ぬことができて、幸せだったかもしれない。
病院の白い壁に囲まれてではなく、戦地で没することができてよかったんじゃないかな。



今まで、誰かのファンになったことがあまりない私だけど、ものすごくこの人のことを知りたいと思った。
そこで、単に英雄視して、崇めているタイプの本は避けて、実直にゲバラのメッセージを伝えてくれそうなものを選んで読んでみた。
どの本もゲバラの真実を伝えたい想いが詰まっているように感じた。
これだけいろんな人が書いた本を読んでも、人物像があまりズレないのがすごい。
読めば読むほど、レイヤーのように印象が重なって、人物像が深まってくるんだよ。





1.モーターサイクルダイアリーズ

モーターサイクル・ダイアリーズ (角川文庫)

モーターサイクル・ダイアリーズ (角川文庫)

チェ・ゲバラ著。
チェ・ゲバラ研究センター監修。
医学生だったチェ・ゲバラは、友人アルベルトとボロボロのオートバイ二人乗りで南米周遊の旅に出る。
お金もなく、常に空腹。蚊の大群に襲われたり、吹雪のアンデス山脈越えも。
そして、容赦ない喘息の発作。
途中からは歩きやヒッチハイクで、マチュピチュにも立ち寄った。
旅先でアルバイトをしたり、ハンセン病診療所でも働いたりすることで、社会における弱者の現実を目の当たりにした。
彼の思想の原点になった旅。
映画の方は、この本を土台に作られているけど、かなり割愛された内容になってる。
この旅から8年経って、アルベルトに再会した時、ゲバラキューバの指導者の一人になっていた。
そして、約束した通り、アルベルトはその後、キューバ医科大学を設立したんだね。


2.チェ・ゲバラ革命日記

チェ・ゲバラ著。
チェ・ゲバラ研究センター監修。
グランマ号でキューバに潜入し、革命が成就する直前までの日記。
とにかくよく書く人なので、日記もこまめ。
でも日記なので、盛り上がるようなストーリー展開はなく、ひたすら淡々と日々をどう過ごし、何を食べたか、戦況と敵の動き、脱走者や密告者の処刑について書いてる。
なので、かえってゲバラの部隊に潜入しているような臨場感がある。
ほとんどの日が飢餓状態だったので、食事は重要事項。葉巻をよく口にくわえているけど、空腹を紛らわす役目もしていたのかも。
この人の文章は、表現が豊かで、観察眼が優れている上にユーモアもあるのでおもしろい。
すごいのは、巻末にこの革命に参加した人たちがどうなったかをちゃんと記録していること。
人事考課、戦死、処刑、革命後の身の振り方など。


3.革命戦争回顧録
[rakuten:hmvjapan-plus:10860706:detail]
チェ・ゲバラ著。
チェ・ゲバラ研究センター監修。
「革命日記」を後日、情報を盛り込み、ちゃんとした文章にしたもの。
巻末の参加者記録は、こちらにも付いてる。


4.ヒューマンフォトドキュメント チェ・ゲバラわが生涯

チェ・ゲバラわが生涯―ヒューマン・フォトドキュメント

チェ・ゲバラわが生涯―ヒューマン・フォトドキュメント

ゲバラが生まれた時から、ボリビアで処刑されるまでの写真が多数。
ゲバラの長女は、これら父の写真を抱きしめたいほど良いと評したとか。
本人が撮った写真も多く、写真撮影で生活費を稼いでいただけある。良い写真が多い。
革命行軍中もカメラを携帯してたんだね。
ボリビア政府軍に処刑された時、敵の兵士たちはゲバラの遺体と記念撮影をしたのだけど、それらの写真もある。
文章は、本人が書いたものも引用され、また情緒を織り込みながらもきちんと解説していく記事も多く、かなりのボリューム。
時系列でそれらが並び、読み進めていくと、ゲバラの生涯や人間性がつかめるようになってる。
映画「モーターサイクルダイアリーズ」に、原著にはなかったエピソードが登場するのだけど、この本にそれらが記載されていた。
ゲバラ日記」「革命回顧録」に出てきた子犬のエピソードもここに詳しく書かれていて、理解できた。
医学生時代からの友人ティータ・インファンテの回顧文に泣けそうになった。
「偉大な男であると同時に、彼こそが正真正銘の“世界市民”なのかもしれません」。
勉強の要領の良さにもうなずける。

戦地にいても読書を欠かさなかったゲバラ
フロイト医学書、古典文学・・・知への渇望がものすごい。
家族や知人、仕事関係者に送る手紙も文学的で優しく、でも追従のないピリリ味も備えている。
相手に伝えるだけでなく、相手と共有したい気持ちに溢れた文章だよ。
この本は、図書館で借りたけど、買って手元に置きたいと思った。



5.ゲバラ日記
[rakuten:hmvjapan-plus:11034395:detail]
チェ・ゲバラ著。
チェ・ゲバラ研究センター監修。
ボリビアで処刑される前日までの日記。
アメリカに操作されている政府軍に対し、一からゲリラ軍を育て、最後は脱走者の裏切り行為によって包囲された。
キューバの革命での日記が、大変貴重な記録となり、ゲリラについての全容と真実が明らかにされた経緯があるためか、この日記も丁寧に状況を説明している。
ゲバラの観察眼と洞察、感性は、最悪の状況下でも衰えない。
家族の誕生日を忘れず、その日の日記には子どもの名前を記していることに切なくなる。
1967年10月7日にふっつりと止まった日記にこちらの息も止まる思い。
このゲバラ日記は、ゲバラを処刑したボリビア政府軍が奪ったが、キューバにコピーが渡り、妻であり研究センターの運営者であるアレイダが細かくて読みにくい手記を清書したもの。


6.チェ・ゲバラと歩んだ人生
[rakuten:book:15638155:detail]
先妻イルダが書いた。
ゲバラとの出会いや恋愛、結婚・離婚・・・細かい場面描写をしつつ、ゲバラの記憶をなぞる。
彼の心配性やヤキモチも書かれていることで、逆にイルダは心からゲバラを愛していたんだなと感じる。
とはいえ、経済学者であり、自身も政治活動に関わって亡命したりしている人で、主観に流されず、また偏見を煽らないような慎重な文章。
イルダはゲバラの「革命同志」でもあり、重ねた議論は以後のゲバラの大事な基盤の1つ。



7.わが夫、チェ・ゲバラ 愛と革命の追憶

わが夫、チェ・ゲバラ 愛と革命の追憶

わが夫、チェ・ゲバラ 愛と革命の追憶

後妻アレイダが書いた。
自身の人生におけるゲバラという視点。
本人も「上手く書く自信はない」と言っているように、散文的なエピソードが詰まった回顧録なのだけど、それがかえって、その場にいた人にしか分からない臨場感を伝えてくる。
なにしろ、戦闘員としてゲバラの部隊にいたり、秘書を務めた人なので。
冷静で思慮深い言葉が並ぶ中、それでも女性目線であり、ロマンティックな場面も。
女性らしい感覚を抑えられなかったのが伝わってくる。(戦闘員だけあって、かなり気の強そうな雰囲気もあり)
ゲバラの写真に黒い三角布で負傷した腕を吊っているものがいくつかあるのだけど、これも彼女が渡した大事な布だったんだね。
革命に没頭しているゲバラが、アレイダの熱情や嫉妬にややうんざりしてる様子も書かれていたり、第三者には見えにくい「男性」としての魅力が分かる。
ゲバラの子どもへの愛情深さはすごい。
4人の子ども(先妻の子を含めると5人)を世界のどこにいても想っている。数多くの子どもへの手紙から伝わってくる。
革命大優先で、夫婦で過ごす時間は少なかったそうだけど、アレイダもキューバの女性活動団体などを率いて社会運動で活躍する人。



8.チェ・ゲバラの記憶
フィデル・カストロ著。

チェ・ゲバラの記憶

チェ・ゲバラの記憶

キューバ革命後、最高指揮者となったフィデル・カストロが、ゲバラについて語った言葉を集めている。
1965年のゲバラの消息が不明になった時、死亡が確認された時、ゲバラ日記(ゲバラが処刑される前日までの日記)が発刊された時の「必要不可欠な序文」、「私は今でもチェの夢を見る」(1987年)、「ゲバラの遺骨の帰還」(1997年10月17日)など。
悪意や故意に混乱を招くための、ゲバラカストロキューバへの誹謗中傷について、非常に根気よく真実を伝えようとしている。
ゲバラ日記(処刑されるボリビアでの戦闘)の信憑性についての説明が泣ける。
難しい言葉を使わず、聴衆が次から次へと泡のように抱く疑問や不信をよく知り、それらを丁寧に消していくような話し方。
でも、論理的でどの年代に話していることも一貫してる。
ゲバラに対する尊敬と同志愛も感傷的では決してないのに、変わらず篤く、真理を貫こうとする人は人とのつながりも深いものになるのだなと改めて思う。


9.チェ・ゲバラ最後の真実

チェ・ゲバラ 最後の真実

チェ・ゲバラ 最後の真実

ゲバラが命を落とすボリビアでのゲリラ活動、他。
ボリビアの医師 兼 新聞記者の著者は、ゲバラの遺体検分を行い、当初「戦死した」との報道がウソであり、「処刑された」ことを見抜いて暴露した。
そのことで、著者も軍部から追われてブラジルへ逃亡。
それから40年かけて、この本は書かれた。
機密文書、手記、新聞記事などの資料、ボリビアキューバ・アルゼンチンをまわって生存している関係者に行ったインタビューの集大成。
ゲリラの敵であったボリビア政府軍にいた者たちの証言もあり、ゲバラ自身も知りえなかった状況が分かる。ゲバラの日記を裏付ける事実がたくさん。
ブーツがなくなってしまい、ボロボロのくつしたを何足も重ね履きした上に革を巻いていた足。
他の本になかった写真やエピソードも多い。
裏切り者のために苦境に陥り、病人を先に逃がして、とうとう進路を断たれたその時。
捕まった時の言動。
処刑された時にいた者たちの様子。
ボリビアに発つ前に変装した姿で自分の子ども達に会った時、長女の反応に対するゲバラの言葉。
細かい個人的な記憶が集まっていることで、記事や公開されている写真たちの隙間を埋めて、ゲバラの行動や生き様がコマ送りの動画のように浮かび上がってくる。



10.フォト・ドキュメント ゲバラ−赤いキリスト伝説

フォト・ドキュメント ゲバラ―赤いキリスト伝説

フォト・ドキュメント ゲバラ―赤いキリスト伝説

英雄的なゲバラを描きつつ、彼に関わった人から聞いたエピソードも集める。
キューバ国立銀行総裁になってから、数学を教えてもらっていた期間がある。
仕事のための勉強かと思われたけど、実は自分の思想を論理的に組み立てるためだったとか。
そんなことが、実際に数学を教えた教授の話で分かったり。
マルクス主義も独自の解釈をしていたけど、それは膨大な読書や自分の経験や研究によるもので、誰かを受け売りではなかったとか。
自分にも他人にも厳しく、潔癖で、機嫌の悪い時もあったので、嫌っていた人の言葉もある。
それがかえって、ゲバラの実像に近付けてくれる感じ。