ひよこ豆で豆腐を作る

ニュージーランド在住の方のブログにレシピがあったので試してみた。
とっても簡単。


(材料)
ひよこ豆カップ
・水:カップ

ひよこ豆は、スーパーで一袋350円位だった。

(作り方)
1.ひよこ豆をたっぷりの水に一晩浸ける。(材料の水とは別)
2.水は捨て、軽く洗って、材料の水(カップ2)を入れる。
3.ミキサー(私はフードプロセッサーを利用)でドロドロにする。
4.さらし(日本手ぬぐいの生地など)で漉して、「豆乳」と「おから」に分ける。
5.豆乳を弱火にかけて、ねっとりさせる。
  すぐに焦げてしまうので、混ぜ続ける。1〜2分でねっとりになる。
6.タッパー等に入れて、常温で30分ほど冷ます。
7.出来てる!

(こんな感じ画像)
1.ひよこ豆

  
3.ミキサーでどろどろ

4.豆乳とおからに分ける

5.鍋でねっとりさせる

7.出来てる!



おからも使おう。


<おから餅>
おからと片栗粉を混ぜて、水で硬さを調整して焼く。
甘辛ダレ等で。


<おからクッキー>
残ってたホットケーキミックスと残ってた製菓材料(ココナッツなど)と卵を混ぜて、硬さを調整してオーブンで焼く。


海外にいると、日本食が売られていても高価だったり、風味が違っていたりする。
そんな暮らしの中での挑戦だったようで、感服!
参考にさせていただいたブログ「ニュージーランド半自給自足生活」さん。
ありがとうございました。

イケアとスウェーデン〜福祉国家イメージの文化史〜

イケアとスウェーデン: 福祉国家イメージの文化史

イケアとスウェーデン: 福祉国家イメージの文化史

企業がブランド力をあげる手法の1つとして、「企業のストーリーを顧客や従業員に伝える」というのがある。
今ではそんなに珍しい方法ではないけれど、商品やサービスと同じくらいに顧客はストーリーに惹かれる。
会社の来歴やエピソードを組み合わせて、魅力的な社史を作成するビジネスもあるそうだ。
そのストーリー必ずしも真実ばかりではなく、あくまでも顧客に訴えたい像であることは顧客自身も知っている。
出来上がったストーリーに合わせて、会社を変えていくことだって(社長が変貌することさえも)大いにあるんだよね。
この本では、スウェーデンのイケアの成功物語ではなく、イケアがストーリーを作り、どんな風に活用していったから成功しているのかを分析する。


社長のカンプラードさんのイメージ「質素で飾り気がない。高級品不要で牧歌的。短所もいっぱい。スウェーデン大好き」を強調するのもブランド作りの一端と言えるかも。
本の中で、「社長はイケアのマスコット的」という表現があり納得。



ストーリーだけでなく、実地の戦略もしたたか。
行った経験がある人は分かると思うけど、クネクネとした通路は、顧客に予定外の品物への興味を喚起する。
「ルームセット」にもつい入ってみてしまう。
あのコンセプトは、部屋のように展示してある全てを買ってもらうことではなく、「全ては買えないけど、あの素敵な部屋にあった手ごろな価格の花瓶なら買える」といった流れの購買を促すらしい。
ルームセットの先に、その花瓶がたくさん積んである売り場を配置するという顧客の心の動きを誘導する作戦なんだね。



イケアは最初からスウェーデンを前面に出していたわけではないそうだ。
店舗ごとに取り扱い商品も違っていたとか。
でもスウェーデンらしくない商品を排除して、レストランではスウェディッシュなメニューを揃えて、イメージを作り上げていった。
グローバルを打ち出す企業が多い中、逆行してるともいえるね。
他国からすると「北欧」と一括りにしてしまうのがおもしろいところだけど、「北欧」としてスウェーデンが広まるなら、イケアにとってはたいしたことではないみたい。
更に、国自体がイケアという親善大使兼文化大使に大いに期待しているのもおもしろい。
模範国家という地位が危うくなってきた今、美しい福祉の国スウェーデンのイメージを強調する任務を背負ってるんだね。



打ち出す商品は、とにかく「安い」が大事。
デザインもコストで決まるのだそうだ。
原材料を切り詰め、最後の1mmも無駄にしない。残りものも活用。
輸送コストも抑えるため、パレットにきっちり収まるサイズにする。このパレットも配達後に持ち帰る輸送が不要になるよう使い捨て、且つ再利用できる素材。
徹底してるね。
低価格は、「いつか手に入れようと思うものと、今過ぎに欲しいものとを、妥協することなく分ける魔法の成分」だとか。
そして、その「安さ」の先に良い社会があるべきだという民主主義。
色々な暴露やパッシングもあったようだけどね。



イケアの主力商品である本棚「Billy」。
このBillyについての本が刊行されているらしく、読んでみたい。
Billyを擬人化して紹介し、ガールフレンドである「Bergsbo」(ベリスボー。幅広タイプの棚)などが登場。
他にも、Billyが好きなサンドウィッチのレシピやお勧めの本が紹介されたりと、擬人化したり、製造・原材料・開発エピソードを語ることで、1商品をドラマチックな存在として顧客に近づいて行くんだね。


イケアの商品の名付けにはルールがあるらしい。
ソファとコーヒーテーブルにはスウェーデンの地名。
テキスタイルにはデンマークの地名か女性の名前。
照明器具には海や湖の名前。
ベッドにはノルウェーの地名。
カーペットにはデンマークの地名。
いすに男性の名前やフィンランドの地名。
屋外用家具には北欧の島の名前。
子供向けの商品にはスウェーデン語の形容詞か動物の名前。

こういうルールの存在にも顧客は、企業にアイデンティティーを感じるよね。


イケアは、本流である企業理念にストーリーを盛り込んだだけでなく、デザインや商品開発、従業員教育など全てに支流となるストーリーを徹底して組み込んでいってる気がする。
本流と支流が編みこんだ巨大な三角地帯がイケアの揺るがない存在なのかも。
そして、それがスウェーデンという国と支えあう結果になってるんだね。

明治のサーカス芸人はなぜロシアに消えたのか

岡山で生まれた木下サーカス等日本のサーカスは、海を越えてロシアをあちこち巡業していた。
(このサーカスの最初の名は「木下アームストロングサーカス」!!)
ロシアではサーカスは大人気の興行だったけど、引けを取らないレベルの芸や日本独特の演技で現地の観客を魅了したらしい。
「箱に入った少年を箱の外からナイフで刺す」はカラクリなしで、少年は勘でナイフを避けていたとか。
「ハラキリショー」(切腹の様子)で流れる血はもちろんカラクリだけど、観客を震撼させた。
ロシア全土で活躍していた日本芸人を集結した「日本帝室サーカスヤマダ」は、興行収益を期待したロシア人によって作られた。
そんなサーカス文化でロシアに渡った芸人たちは、日露戦争第一次世界大戦ロシア革命スターリンの大粛清に飲み込まれる。
なんとか日本に戻った者、地方でひっそり息を潜めていた者、ロシア人と結婚しロシアのサーカス団に雇われた者もいる。
今となっては、旅券発行の記録が残っていることもあるけど、存在さえ証明できない者もいる。
イシヤマ、シマダはどこへ消えたのか。
ヤマネさんは、日本に帰るために日本人であることを日本大使館で証明しなくてはならない時、かの時代では出生記録もなく、日本の「かっぽれ」を踊って見せたことで帰国の旅券を手に入れることができたとのこと。
スターリン時代には自分の身を守るために近所や親戚が「あいつはスパイだ」と偽りの密告をすることが多発し、現地に残って電気技師をしていたヤマサキも逮捕後戻ることはなかった。
こうしてスパイとして逮捕された日本人芸人の子ども達は「スパイの子」として社会から冷たい待遇を受けたのだとか。
いじめにあったり、サーカスに入っても給料が上がらないとか。
シマダの子どもたちは、この冷遇に体当たりするつもりで、究極のサーカス技をした。
額に7mの竿を乗せ、その先にはやはり1人が倒立をし、竿を乗せている者がそのまま梯子を登っていくという信じられない技。
現代でも考えられないほどの究極技。
残された妻(ロシア人)と子どもを見つけ出したりと、コンタクトをとり、歴史に埋もれていった団員たちの軌跡を辿る。
そして、国境も戦争も越えて、自由を貫いたサーカス芸人たちの生き方が見えてくる。

大根たちの転身

uiui2015-12-05

すてきな大根たちが我が家に集まってきた。
太いのやら、短いのやら、モシャモシャ葉っぱが付いているのやら。
風呂吹き大根、葉はごま油と炒めて・・・とせっせと消費していたのだけど、


沢庵、作れないかな



という野望が天から降りてきた。



クックパッド先生に教えを乞うと、「西へ進んで、きいこを手に入れろ」と仰る。
(スーパーマーケットが西にあるのでね)



きいこは手に入らなかったけど、その隣に!

「沢庵漬けの素」
を発見。


クックパッド先生の鮮やかな誘導に感動しながら、レジへ。



一晩でできた。



欲が出て、べったら漬けにも挑戦。
市販の甘酒に漬けるだけ。


できた。

辛い。


甘くてべたべたのべったら漬けにするにはどうすれば?


クックパッド先生!!←多分、沢庵素に走った時点で見放されている



最近は、浅漬けだけでなく、いろんな「漬けものの素」が売られてる。
「ぬか漬けの素」には大変お世話になっている。

白キムチの素もあったなあ。
和風ピクルスの感覚であれこれ試したいね。


そういえば、夏にあった小料理屋の張り紙。

嫁の収穫はあったのだろうか?

日航機事故の謎は解けたか/御巣鷹山墜落事故の全貌

日航機事故の謎は解けたか  御巣鷹山墜落事故の全貌

日航機事故の謎は解けたか 御巣鷹山墜落事故の全貌

おそらくあの事故関連の本はたくさん出版されているのだろうけど、この本は今年出版。発刊日は8月12日になってる。
事故と同じ日だね。

悲劇としての感情ではなく、「事故調査」にどんな組織がどんな風に関わって進められたかを細やかに報告。
かなり内部的なメモや技術資料も掲載。

異常発生時の機内で、乗務員たちは酸素マスクをしていなかった証言や写真(乗客が撮影していた)があり、気圧の急激低下の推測が崩れていく過程は推理小説のよう。
ボーイング日航のどちらに責任があるか。
またボーイングの修理ミスが発覚した際の、国による罪や責任の負い方の違い。
ボーイングは最後まで修理をした者の名前を発表しなかったのだけど、日本ではこの飛行機が以前に起こした尻もち事故の修理審査に「合格」を出した方が責任を感じて自殺してるんだよね。

この事故の原因により、米国のみならずB747を運航していた国が徹底審査を行うことで驚くべき数の亀裂を発見し、事故を未然に防げた。
事故調査を進めていくのは人間なのだと実感。
熱意と誠意と、その分野でのずば抜けた知識を持つ者。
これらが揃わないと、真実に近付けない。

事故調査が、技術だけでなく、倫理や文化そして政治さえも背負って進められる、まさに全貌が描かれてるよ。