眠れない一族〜食人の痕跡と殺人タンパクの謎〜

眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎

眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎

巻頭に「眠れない一族」の家系図が登場する。
ベネツィアの高貴な貴族出身。
1765年に亡くなった医師を筆頭とし、以降の家系で「眠れなくなる病気」で亡くなった者がどれほどいるかが分かる。
この病気は、中年期以降に発症することが多いので、生き延びて老年に入るとほっとするのだそうだ。
こんな症状から始まる。
・異常発汗
・頭部硬直(頭が独特の傾き方をする)
・瞳孔収縮(最終的には、針で刺した程度まで収縮して失明)
・不眠


そして、
・痴呆
・記憶障害
・幻覚
・呼吸困難
・麻痺


罹患後、回復した人:0名。
全員死亡。
今でも、治療法なし。
焼いても埋めても、長年経っても消えない。


この本では、進化の法則に反した病の存在の発見経過と現在を伝える。
「病気はウィルスやバクテリア等外的要因」または「体内組織(核のある細胞)の異変」によるものという常識を覆してしまった「プリオン病」の正体を明かしていく。



その存在を認めた時のサイコスリラーのような恐怖。


この病は、健康体にもともとあるプリオン(いまだに役割が判明しない)というたんぱく質が、間違った畳まれ方をされることで起こる。
ウィルスや細胞でもない「物質」であるたんぱく質が、「遺伝的」「感染的」「散発的」に、間違いを他のたんぱく質に拡げてしまうのだ。
なので、「生物の痕跡」を探すための血液検査や細胞検査でいくら調べても、全く見つけられなかった。
やっとスポンジ状になった脳を見つけた後も原因は分からなかった。



そんな原因追究の過程は、まさにスリリングな推理小説


プリオン病には数種類ある。

・致死性家族性不眠症(眠れない一族が罹った)
クールー病パプアニューギニアのフォレ族)
牛海綿状脳症狂牛病
クロイツフェルト・ヤコブ病
・ゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー病
スクレイピー(ヒツジ海綿状脳症)
・猫海綿状脳症

など。

難しい名前「ボウヴァイン・スポンジフォーム・エンセファロパシー(牛海綿状脳症)」と命名されたのは、早く世の中から忘れ去られてほしいというイギリスの農漁食省の糸が働いたためだとか。
でも、結局、マスコミが付けた「狂牛病」が定着してしまったそうだ。
病名の付け方への関係者の思惑についても書かれる。


そんな思惑が働くほど、食に関わる病への対応は、利害関係が大きく反映される。
いくつかのプリオン病の発症を辿ると、人間の祖先の「食人」習慣(=共食い)にも遡るらしい。
家畜の場合は、人間による強制的な共食い。
乳房を巨大化させる品種改良のために、草食動物である牛に「牛の骨粉」を混ぜた餌を与える。
人間にとっては、捨てるだけだった内臓や骨の「経済的な有効活用」であり、結果、驚異的な効果をあげてしまったから、もう人間は「ヤバイかも?」の疑い位では止められない。
共食いは、原始時代に行われていたとしても、長い歴史の中で、そういった生物学的リスクをその種自体が感知し、避けるようになったから、自然になくなっていたと思われる。
ところが、人間は他の種に、共食いを給餌として強制的にさせてしまったのだ。
政府や酪農家、消費者の利益と安全の駆け引きとなると、まさに、


人災パニックストーリー。



そして、種を越える感染の可能性は、


科学ミステリー。



プリオン病兼優の重要功労人物である二人のノーベル賞受賞者は、功績泥棒だったり、小児性愛者で投獄されたり・・・
功績を手に入れるための浅ましさも描かれて、



ゴールデンタイムのドラマ。



一族を数世紀にわたって呪ってきた病を受け入れ、心を穏やかに家族と結束することを実践した時の信仰心の生まれ。
登場人物たちの人柄や変化も興味深い。



エイズは、何百万人も罹っているので、研究予算があてがわれるが、それぞれのプリオン病では数百人。
被害者が少ないと、研究費がつかないという研究開発分野の経済事情も指摘。
一族の恥とし、家族同士でも口にしなかった病を公開し、同じ苦しみを抱える人たちと助け合おうとする活動を始めたことは、病への考え方が文化的人道的に世界規模で変化してきたことを物語る。
17世紀では、体調を崩しても病院に行くことがばれないよう、家を出るときは病院とは違う方角へ進んでから、遠回りして病院に行ったというエピソードもあるほど、病気の観念は変化してるんだね。
医学は、


人類学や哲学をも織ってる。


そして、この本の著者自身も奇妙な病に罹っているのだそうだ。