チリ33人 生存と救出、知られざる記録

チリ33人 ? 生存と救出、知られざる記録

チリ33人 ? 生存と救出、知られざる記録

予想した内容と違っていた。
シンプルに、奇跡の生還を遂げたヒーロー達の感動物語かと思ったら、違ってた。



この救出「聖ロレンソ作戦」が終了した際の集合写真を見たら、ヒーローは生還者たちだけでないことが分かる。(本に集合写真は掲載されていない)
写真では鉱山技術者はもちろん、医師とF16戦闘機のパイロットが抱き合い、女性看護師が潜水艦の艦長と並び、救急医療隊員、地理学者、地図製作者もおさまっている。
心理学者、栄養学者・・・多くの専門家たち。



地の底から彼らを収容して地上に引き揚げる「フェニックス」というカプセルは、NASAとチリ海軍が共同開発した特別仕様。

どこに埋もれているかも分からなかった時、地下のほんの小さな空間を突き止めるGPS、何マイル分もの光ファイバーケーブル、地底の者たちの心拍や血圧を地上の医師のPCに伝える無線通信機器。
NASAは、密閉空間でストレスにさらされた状態の人間行動に関する数10年間の研究結果を提供したりもした。
超小型電話機を発明していたのに無視されていたペドロ・ガジョ氏は、直径9cmの空気孔(男たちに食糧や物資を送るのに使った)に入れることができる電話ということで急きょ呼び出され、重要任務を遂行。
石油労働者で、地下鉱脈や水脈を発見するプロであるジェフ・ハート氏は、アフガニスタンから呼び寄せられた。




とにかく、ありとあらゆる技術の結晶だった。
そんな物語。





2010年10月13日にチリのサンホセ鉱山において、落盤によって地下700mに閉じ込められた33名の労働者たちが救出された。
この中には、元有名なサッカー選手もいれば、チリ大地震で全てを失って、この鉱山に辿りついていた者もいた。
落盤した岩は、長さ90m、幅30m、高さ120mもあり、重さは70万トン。
69日が費やされた救出での生存率は2%。





鉱山労働者たちは軍規的に厳しいルールで統率されており、現場監督が絶対的な権力者だそうだ。
この事故においても、この現場監督が男たちをコントロールし、グループを組織として維持した。
地下で10週間もの間、どうやってリーダーシップを維持できたのかと聞かれた答えは、「ユーモアと民主主義」。
毎日会議をし、論議し、重要なことは投票で決めたらしい。
チリ政府とNASAが提案する以前に、日課と任務の分担計画を作り、それぞれが持っている機械や電気などの知識や技能で、生き延びるための発明品を作っていた。
地下グループは、公認書記も任命し、書記は毎日、労働者たちの行動記録をつけた。(後にこの記録を買い取ろうと出版機関が躍起になった。25,000ドルを提示した会社も)
現場監督は、無力感が一番恐ろしいことを知っていたとのこと。





鉱山という「職場」の実態にも迫る。
鉱山労働者たちは、自らを「カミカゼ」と呼んでいたそうだ。
でも、仕事に忠誠する理由は「お金」だ。
32℃以上の気温、90%の湿度の中で、いつ死が訪れてもおかしくない危険な環境と危険の大きさに見合う給与。
しかも、安全のための規則はあっても、必ずしもそれは順守されている職場ではなかった。




歴史や政治的背景にも触れている。
チリがこんなにも救助に躍起になった理由には、1973年から90年までの軍事独裁下で3,000人が殺害され、しかも遺体が行方不明になったというトラウマもある。
「遺体が消える」はあってはならないという歴史的背景。




以前あった航空機事故でウルグアイ人が、亡くなった者を食べて飢えをしのいだ話は、この33名の頭に常にあったらしい。
死んだら、食べられてしまう、と。




もちろん、医学的な話も。
飢えにより、筋肉がやせ細るにつれて、体毛が異常に伸び、胸や足の皮膚にシミが浮いてくるようになる。
暑さと湿気は、抵抗力が落ちている人間たちにカビを生えさせる。口内炎ができ、口内は化膿。
坑内は、感染症にとって理想的な環境なのだ。




33名の中に1人だけボリビア人がいたのだけど、チリとボリビアの外交関係は緊張を伴うものだ。
カプセルで地上に運ぶ順番だって、1番にしたら「お試しにボリビア人を使った」と言われそうだし、遅くすればまた非難があるということで考慮している。




心理学者は、家族からの手紙を閲覧した揚句、地下に渡さなかったり、届ける新聞の記事を削除したりと情報を操作したそうだ。
地下でパニックや暴力を引き起こすことがないようにとの考慮だったが、これが地下の者たちに気付かれ、大抗議となったりもした。
地上と地下のけんか。
でも、確かに手紙でなくとも、禁制品(甘いもの、ドラッグなど)をこっそり送る家族もいたらしく、プライバシー保護ばかりも言っていられなかった事情もあるみたい。




ピニェラ大統領の思惑もあり、実際の救出活動に接近できるのは、政府のカメラとディスカバリーチャンネル、チリのドキュメンタリー番組のクルー、そしてこの本の著者を含むほんのわずかの許可されたジャーナリストのみ。
いろんな人がそれぞれ持っている少しずつの情報を想像で膨らませて、バラバラな内容の本を出版するより、ずっと良かったんじゃないかな。
この本は、無駄なページがない感じ。
外国(日本を含む)の記者が書くゴシップ記事は、愛人と妻の論争や坑内での暴力、ドラッグ・・・そんなスキャンダルを追いまわしていたようだし。





男たちが地上に出られるとなった時、希望したもの。
それは、靴磨き道具だったそうだ。
バクテリアや菌が皮膚の上で繁殖した地下生活から地上に出るその瞬間のために、きれいにした顔と髪、そして磨いた靴を望んだのだそうだ。
人間としての尊厳である礼儀が復活したんだね。
地上では、コピアポ市長が夫たちを迎えるために妻たちを美容サロンへ招いた。
このあたり、ちょっと日本とは感覚が違うかも。




日本からは、支援物資と共に千羽鶴なども送ったそうだけど、カトリック教徒が多いチリに送るのはいかがなものかと論争もあったらしい。
外務省はJAXA経由で宇宙食や宇宙飛行士用の消臭下着などを送っている。
日本の衣料は、コストでは負けることがあるけど、吸湿・吸水・通気・速乾などにおいて優れているんだね。
また、NTTグループは、地下と地上を結んだTV電話回線で「奇跡のオペレーション」を成功させた。
光ファイバーもNTTが提供。
梱包用気泡シート(私はプチプチと呼んでます)のトップメーカーである川上産業(名古屋)が、ストレス解消のために玩具「プッチンスカット」(繰り返しプチプチして遊べる)を送ったとニュースで言っていたのを覚えているなあ。




事故からずっと年月が経っても、読める本だと思う。