殉死
- 作者: 司馬遼太郎
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 1978/09/25
- メディア: 文庫
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その人が、吉田松陰の親戚だと聞いて、初めて実在した人物だということを実感した。
今までは、なんだか架空の登場人物のようなイメージしかなかったから。
まさか「ケロロ軍曹」の登場人物とは思わないけど、妙にヒーロー性を持ちながら、何をした人なのか分からない・・・
この本の内容から、彼が残したものが物や功績でなく「精神」だったと知り、納得した。
その人は、乃木 希典(のぎ まれすけ)。
通称「乃木将軍」。
六本木ヒルズがある場所で生まれた。
この人を評価するにあたって、西南戦争から日露戦争に至る実績を褒め称える派と、軍人や教育者としては能無しであると非難する派に、大きく分かれるそうだ。
この本の著者である司馬遼太郎は、後者。
作戦のまずさはもとより、頑固で司令部の言うことをきかない。
周囲のものがほとほと手を焼いていたのが伝わってくる。
著者は、軍人としての素質の無さや、偏執的ともいえる精神世界を躊躇無く書きとめながらも、文章の端々に乃木将軍へのレスペクトが散りばめられている気がする。
明治天皇が、この将軍を「重用」したのでなく、「信頼」した感性と通じるのかもしれない。
西南戦争で軍旗を奪われた屈辱を明治天皇崩御の時に殉死する第一の理由としている。
誰も責めていないどころか、その後の行動を褒め称えているというのに。
殉死の際には、遺書とともに、その時の待罪書(自分の罪に対して厳しい処分を求める文書)が出てきたそうな。
西南戦争から35年も経ってるのに。
軍旗に天皇の魂が宿っているという意識をもたらしたのは、乃木将軍のエピソードが発端らしいよ。
それまで放蕩の限りを尽くしていたのに、ドイツ留学から戻ってからは、他の軍人たちに勧めても無視されるほどの強烈な軍人意識を持ち、質実剛健へと豹変する、とか。(しかも後の人生ずっと)
宗教的とも言えるほど愛した山鹿素行の「中朝事実」は、何度も読むどころか写経のように書き写し、自刃する直前には、それをまだ10歳ほどだった後の昭和天皇に手渡す、とか。
華やかな伯爵になっているのに、ずっと蕎麦しか食べなかった、とか。
こんな偏執的なストイック狂が、国外からも愛されているのは、その人生があまりに純粋で、誰も真似できないからだろう。
だけど、自分の結婚式には5時間も遅れてやってくるという屈折した心もちや、いつも必死なのに肝心な時にいないとか抜けている(明治天皇危篤を知った経緯も)ずっこけ具合が、「ヒーロー」とは違った好感を抱かせる。
一緒に自刃した奥方である静子さんは、本からすると成り行きで付き合わされた感もある。
静子さん:え? 私も一緒にですか? で、でも何も整理してないけど・・・
乃木将軍:そんなのだいじょーぶ。いいから、いいから。
みたいな。(はずはない)
この将軍に少し似ている生き方をしている友人を想って、にやけてしまった。