長い坂(上巻・下巻)(山本周五郎著)
この本を図書館で借りる時、受付の年配女性に
「山本周五郎を読むのは、もっとお年を召した方ばかりなんですよ」
と言われた。
周五郎を読むのは、初めてではなかったので、ちょっと驚いたけど、なるほど。
こんなストイックな人生を歩む人が主人公では、さもありなん。
平侍がこうなのに、一方和尚は酒浸り、そして、へべれけ山守が世間を切る。
事件性としては、大きいものはないのに、登場人物たちが結構カラフルで退屈しない。
この本を通して、おもしろいのは、物事の陽を描きつつ、陰も見せる。
陰を伝えつつ、陽に転換させるというおせっかいなくらい(笑)丁寧な人生描写だ。
主人公の主水正(もんどのしょう)が足を引きずるような気持ちで歩いているにも関わらず、後ろから背中を見ながら歩いてきた者たちが、「さすがに品格や威厳がある」と評価していたりね。
それに、男女の違いを書きつつ、夫婦描写は官能的で、とっても仲良し。
人生を「坂」に例えたら、私の坂はどんな坂かなあ。
どのくらいの角度でどんな道だろう。
「ジェットコースターのような人生」なんて言う人もいるね。
そういう人に比べたら、私のは舗装された楽な坂なのかも。
それでも高尾山くらいの角度はあるのかな。(ケーブルカー利用の途中から登るコースくらいのやつね)
坂を登り詰めた先に、何があるのか皆目分からん。
山でいえば、裾野のゆるやかなところで、「ここでいい」と足踏みしている者に対する著者の厳しい眼を感じる。
低い身分から高い地位を目指すことではなくて、低い自分に甘んじるなと。
人それぞれの地位や身分・環境が違っても、坂自体に優越はないらしい。
主人公は、侍とはいえ、低い身分。
そして、低い意識に甘んじる家族。
そんなスタートからの坂をひと時も休まずに登り続け、地位を得るけど、道のない山を自ら開きながら無心に登った結果にすぎず、人生の目標ではない。
そんな感じで、あらすじだけ読めば、ヒーローだ。
だけど、
みんな、オレのようになりなさいっ!
とは彼は言わない。
「ひたすら」登り続けると、目にはいらないものがあるし、失うものも多い。
それを知っているし、体の芯からの疲労をもてあますこともある。
そんな自分を料理していくことが、坂を登るということなのだろう。
武士の地位を捨てて百姓になり、自らの働きで糧を得て、肌で人間を感じる人生を得た大五も、坂を下ったのではなく、たしかに登っている。
登場人物たちは、かなり種類のちがった坂を持っている。
38歳になった主人公が、何度となく通った道から城下大手門を入った時、今まで全く気付かなかったことを発見する。
ここでタイトルにつながるところが、ルービックキューブが揃ったみたいな感覚でおもしろいね。