新田次郎 11作品

アイガー北壁・気象遭難 (新潮文庫)

アイガー北壁・気象遭難 (新潮文庫)

「アイガー北壁」・「山の鐘」・「三つの遭難碑」・「ホテル氷河にて」・「黒い雪の夢」・「翳りの山」・「氷雨」・「怪獣」・「チロルのコケモモ」・「凍った霧の夜に」・「コブシの花の咲く頃」



「アイガー北壁」

1965年8月に渡辺恒明さんは、マッターホルンの登頂に成功。
しかし、続いて挑戦したアイガー北壁で遭難し、死亡しています。
頂上までもう少しの「白い蜘蛛」と呼ばれる難所の氷壁で墜落したのだそうです。
この小説は、実話に基づいて書かれており、実名も使われているのです。
記録小説とはいえ、この本における視点がとてもおもしろい。
一緒に登った高田さんでもなく、無事を祈っている恋人でもない。
自分の状況からこの登頂を断念し、下から双眼鏡で登っていく2人の様子を窺っていた芳野さんの視点となっているのです。



今回読んだ新田さんの小説は、どれも山が舞台となっているけれど、視点がプリズムを通したかのように変化しているので、内容がダブりません。
そして、「ファイト一発!」なスポ根ものの人間が主役のような書き方はなく、自然に対してとても謙虚。
登頂したからといって、「山を制覇した」ということではなく、危険な挑戦を続けていれば、必ず死ぬと考えているようでもあります。
その一方で、にわか登山者を嘆くばかりでもないみたい。
新田さん自身が山に憑かれた者なのだろうと感じます。
山の家を営む者が、遭難がある度に宿を「遭難者対策本部」にされた挙句、遺体の処理まで手伝わされたりと、ずっと山に関わっていないと見えてこない実情も描かれているのですが、それらがちっとも「山から離れる理由」として書かれていないのが、その証拠だと思います。


ヨーロッパアルプスには、三大北壁というのがあって、1つがマッターホルン
そして、グランドジェラス。
もう1つがこのアイガー北壁。
アイガー北壁は1,800メートルあり、登るのに3日かかるらしい。
これらの壁を見上げる位置には、それぞれ観光地となっている街があるんですね。
たくさんの命が散った壁を、全く違った思いで下から眺めている人たちがいるというのもなんだか不思議な感じです。