希望の気球プロジェクト(陸前高田)

uiui2013-09-15

このプロジェクトは、震災の地で気球に現地の子ども達を乗せ、復興していく町を空から見せるというもの。
webサイトはこちら
知人が発起人となっており、私は今年初めて現地参加させていただいた。
金曜日の夜に車に分乗などで出発、朝6時頃到着して、すぐ準備にとりかかる。
気球は、地上がただの微風でも、上空の風で飛ばせるかどうかが決まるので、どんなに晴れていても中止になってしまうことがある。
早々に到着して、気球の準備を整えて下さっている気球パイロットの方々に感謝。
早くから並びに来てくれている方には、どんどん乗っていただく。




今回はやや低めで高さ10mまで上げられた。
会場の陸前高田市立小友小学校は、山間にあって、遠くにキラキラ輝く海が見える。


が。


津波はこの気球の高さまでやってきたのだそうだ。
水は校舎の2階まで飲み込んだとのこと。
今は子ども達が帰ってきてる。
隣の中学校は移転してしまったそうだ。




すぐ傍の田んぼもそのままでは使えず、畑もガラスなどを取り除かなくてはならないとのことで、別の支援プロジェクトが対応しているとのこと。
とにかく様々なプロジェクトが動いていて、お互いの横のつながりもあることに驚いた。
いくつものプロジェクトに参加していて、月1度は東北を訪れている方もいる。



津波で破壊された建物や爪痕はまだ多く残っているけれど、



「瓦礫で埋もれているのでしょ?」



とまだ思っている他県民が結構いるとか。
情報収集が2年前で止まっているのかも。


かもめの玉子」で有名な「さいとう製菓」さんは、被災したけれど、とても前向きで、自ら地元をひっぱっていこうという気持ちを持たれている。
津波伝承館」を敷地内に作られたのだけど、コンセプトは「訪れた人を未来の災害から守りたい」と防災を呼び掛けるもの。
震災に限らず、「私たちの苦難を忘れないで」というメッセージのものは多いと思うけど、ここでは来館者が励まされる。
館長自身が津波をずっとビデオカメラで撮影しており、「ここまで水がくるわけない」と逃げなかった人たちの映像まで見せてくれた。
高台の遠方からの撮影で、助けることもできず、画面からその人たちが消えていくその衝撃は、2年経って見た私にも残った。
館長さんに「ボランティアや支援がどんどん来ているが、現地と想いや希望がずれているところはありますか?」と尋ねたところ、「とにかく被災地に足を運んでくれることがありがたい」とのこと。



工場で製菓を再開するにあたって、特に不足したのは鶏卵だそうだ。
輸入に頼っていた鶏のエサが、港閉鎖で入ってこず、鶏が餓死したことによる。
災害の二次的被害は、及ぶ範囲が広いね。



よく「被災地に訪れて、観光収益を上げてあげましょう」という、やや上から目線的な声を聞くけれど、ほんの数日滞在しただけでも、美味しいものや温泉にメロメロ。
魅力ある観光資源が多い。
地元イベントTAKATAフェスタでは、朝揚ったばかりのホタテやサンマを刺身にしてくれた。甘い〜!

スーパーに並んでいた「まんぼう」の刺身も買った方に味見させていただいた。
ホタテ貝柱みたいな食感。



話題になった「奇跡の一本松」は、ライトアップされていた。
電気と月で。





津波で陸に上げられてしまった船は残す案もあったけど、見るのがつらいという声も多く、解体されることになったそうだ。






実際に被災地(この言葉を現地の方々が、今、どう受け止めるのか分からない)を訪れて、いろんなことを感じたのに、こうして言葉にした途端、ありきたりで薄っぺらいものになってしまうので、自分でもがっかりしてしまう。
やっぱり一度でも現地に足を運んで、自分自身の第六感まで全部使って、感じるのがベストかな。
報道というフィルターも通さずに。



ボランティアは、基本的に「自己満足」で良いと思っている。
もちろん迷惑をかけちゃいけないけど。
それぞれにできることの限界はあるし、自身が楽しい・うれしいと感じられる範囲でやっていくことで長く続くし、ボランティアをする者同士が少しずつ力を出し合う方が、少数だけが大きなことをやって終わるより(やらないよりはよいけど)、社会としての収穫は大きいんじゃないかな。

震災関連に限らず、プロジェクトやイベントは、当日の運営よりも企画、調整、交渉、準備の方がずっと大変。
当日参加するだけで、多くの収穫を得させてくれるスタッフの方々に心から感謝です。




帰りにみんなで寄ったSAで買った仙台のお土産「Chuップリン」。
マヨネーズじゃないよ!
濃厚でクリーミーなプリン。