間取り百年〜生活の知恵に学ぶ〜

間取り百年―生活の知恵に学ぶ

間取り百年―生活の知恵に学ぶ

なぜか間取りが好きです。
不動産系の会社にいた時は、物件情報を整理する仕事も手をとめて見入ってしまったりしてた。
自分の理想の間取りを考えるのも果てしなく。
1000万円あったら、うちもすぐにリフォームor建て替えするんだけどな。


この本は、明治中期から現代の住宅の変化を日本の歴史や文化と照らし合わせて、実在した家屋の図や絵を携えて紹介する。
もう、間取りがいっぱい♪♪
しかも、その家屋に住んでいた家族構成とどの部屋に誰が寝ていたかなどの細かな用途もあり、子どもの場合は、当時何歳だったかも記載されている。
昔は、性別ごとに寝る部屋を分け、夫婦といえども別室。
子どもは2人で1組の布団で寝るのが当たり前だった・・・・といった習慣も見えてくるよ。



江戸幕府が崩壊して、近代的な政治体制が始まって20年頃たったあたりから始まる。
時代劇などを見ても分かるように、昔は各部屋は廊下で区切られることなく、口の間・次の間・奥の間・広間など、襖を開ければ隣の部屋だったんだよね。



太平洋戦争が始まった頃、都会では家を建てるなんてことはもう無理。
ところがメディアが発達していなかった時代だから、都会を離れた各地の辺境では、そんな事情も知らず、立派な家が建てられていたりする。
しかも空襲にも遭わず、壊される理由もなかったため、現在まで残っていたりしてね。
各地の住宅状況をひも解くと、そんな歴史背景も見えてくる。
空襲で壊滅した地域では、まずは寝るところを確保しなくてはならないので、防空壕を利用した小屋を作っていたらしい。
まるで古代の竪穴式住居のよう。でも、知恵がつまっている。



戦後の東京は、食糧難と過密居住状態。
とにかく住む場所がない上に、戦災に遭った人を泊めたりしていたので、早稲田辺りの学生は、4畳半に4人で住んだりしていたとか。
国鉄電車には窓ガラスがなくて、超満員だから、連結器の上はもちろん、屋根の上にも人が乗っていたり。
勉強しながら山手線を何周もする学生がいたのは、どの家でも停電している時間の方が長かったのに電車の中は電気が点いていたから。
台所のガスはいつも開栓しっぱなし。
危ないと思いきや、朝の20分しかガスは供給されなかったからで、ガスが出始めた音がしたらすぐに釜をかけていたのだそうだ。
戦後の大変化は、間取りもだけど、特に台所が革命的!
水道の供給・土間が消える・ダイニングキッチンの登場・・・


今では、建築家は住居も手掛けるけれど、むかしはそんなことはなかった。
ところが戦前は貸家が9割だったのが、戦後は持家が9割と入れ替わり、小住宅は若い建築家の登竜門となってきた。
そして、ハウスメーカーの時代。



ダイニングキッチンが取り入れられた家の中にごえもん風呂があったりと、時代の変化がいろんな形で同居する住居。
専門的な図面でなくて、分かりやすい間取り図と絵がいっぱいで、眺めるだけでも楽しい。