セックスボランティア

セックスボランティア (新潮文庫)

セックスボランティア (新潮文庫)

性に健常者も身障者もあるわけはないはずだけど、身障者の場合、身体が動かないことへの「介助」が必要となる。
性的な行為の介助を受ける、介助をすることをあなたは、どう思いますか?


正直なところ、この本をブログで紹介するのはどうしようかと迷った。
描写などがかなりはっきりしていて、ちょっと心的にしんどいこともあった内容だったし。
また、本の内容をちゃんと伝えるには、まず自分自身について振り返る必要もあるだろうし。
私は、性のことをオープンに話せるタイプの人間ではないし、性の必要性についてよく考えた事は実はなかったし。



本来、自然な想いで行うものを、不自然な機会と割り切った意識で行うというのは、健常者でもずっと昔からあったシステムだ。
非常に個人差のあるこの欲求に対して、どうサポートするのか。
「介護される」ということ自体が屈辱だと感じる人もいる。
プライバシーどころじゃない現場もある。
とても私には受ける方もする方もできないボランティアだと思ったのが本音だ。



人間として健康的な欲求であるにも関わらず、障害者の性については、タブー視され、家族からも施設の人からも「寝た子を起こすな」的にそこから遠ざけようとされる。
そういった環境からも「障害を持っている自分は、一生恋愛はできない」と諦めているケースも多いとのこと。
そんな現実を背負い、愛情が無くても、食欲と同じように性欲を満たす機会を作るというのが、このボランティアの目的だ。
元気に生きるための手助け。
その間だけ酸素ボンベを外して、命がけでボランティアを受ける人もいる。
障害者専門の風俗店。
女性障害者の苦悩。



健常者だって、そういう欲求を満たすパートナーに恵まれていない人は多いわけで、障害者を特別視してサポートするのは、おかしいことになる。
そこで、このボランティアを受けるためには、3つの条件を満たしていなくてはならないとしている。


・身体障害があって無理
・経済的に無理
・一生恋愛などの経験をするのが難しいと思われる状況



3番目の条件なんて、誰がどう判断するのか分からないし、悲しい。
だけど、そんなきれいごとを言ってられない現実があるのだろう。
それに、このボランティアを受けた経験のおかげで、ちゃんと恋愛に踏み込めるようになった人もいるようだ。
それにしても、このボランティアは、する側にもかなりの覚悟を要することから、弱者に対しての驕りや自己満足に対する踏み絵のようにさえ思えてしまう。



オランダの障害者の性ボランティア団体「SAR」についても紹介する。
この国では、同性愛者同士の婚姻も認められていて、性の必要性にも公的な機関が目をむけている。
障害者を風俗業者に斡旋するシステムもあるとのこと。



偏見か美談のどちらかに納められてしまいがちな問題のリアルなレポート。
性だけに関わらず、健常者と障害者を区別する、奥深い部分での偏見を感じさせられたような気がする。
なんだか憂鬱になった。