ミュージカル「李香蘭」by 劇団四季

劇団四季 ミュージカル 李香蘭 [DVD]

劇団四季 ミュージカル 李香蘭 [DVD]

李香蘭」(りこうらん)は、その容姿と歌声を買われ、満州映画協会の女優となった女性。
日本軍部による国策でもあった日満親善映画に多数出演し、歌謡はことごとくヒットするという中国人スター。
しかし、後に売国奴として、中国人たちから祖国反逆罪に問われ、まさに死刑が言い渡される時。



「私は、中国人ではありません。日本人なのです。」




当時、友好の証として、中国人と日本人が相手の子どもを養子(養女)と称して、自分の国の名前を与えたりするのは珍しくなかったそうだ。
戸籍を動かすことはせず、「人類みな兄弟」的なノリで、両家の契りを深めるというものらしい。
李香蘭もそうだった。
彼女の本名は「山口淑子」で、日本人なのだ。



決して、彼女が「死刑を逃れてよかった」という幸運やスリルがテーマなのではない。
同じ「よしこ」なのに、銃殺刑になった川島芳子はかわいそうで、不運だったという悲劇の話しではないのだ。




「徳をもって、人を赦そう」という仁義。
徳に国境はない。
このミュージカルは、決して過去の物語じゃないんだな。
歴史の波にもまれて、実際に生きた人々の生き様にフォーカスして、切り取ってみせてくれる、現代に通じる作品だ。
広くはグローバルな社会で、狭くは1人ひとりの人間関係に投影できるテーマなんだね。
劇団四季は、「ミュージカル異国の丘」も同時にやって、テーマを重ねて観客に訴えるようだ。



1904年に日露戦争が勃発し、満州・韓国の権益を争うこととなった日本。
以後、第一次世界大戦日中戦争・太平洋戦争・・・
日本・中国・朝鮮・蒙古・旧満州が力を合わせ、理想の国を作ろうという「五国協和」と「王道楽土」の想いは、軍事という鎧を着てしまい、歴史も人の命も踏み荒らすこととなった。
融和していた中国人と日本人が、力ずくで引き裂かれることで、一人一人の心の中までも鉤裂きのような状態にしてしまった。
これまで選ぶ必要もなく、自分の中に満ちていた愛情も、「愛する対象」をどちらか選ばなくてはならなくなった。




私がこのミュージカルで一番響いたのは、彼女が、軍事裁判の場においても、「日本も中国もどちらも愛している」ときちんと伝える場面だ。
己の利益のために意見を変貌させずに、表現することは勇気のいることだと思う。
「徳」が古書に文章として踊るだけでなく、生きている人に浸透するには、そんな勇気が必要なんだろな。




日本に帰国した後の山口淑子さんは、芸能活動を再開し、ワイドショー「3時のあなた」の司会や参議院議員もしている。
過去になりつつある満州の記憶を現代の日本につなげる役をずっと務めている人なんだね。




劇団四季は、実は初体験。
メンバーの歌唱力はすごいなあ。
特に川島芳子役の方は、衣裳のせいもあって、宝塚の雰囲気まである迫力ある歌声だ。
1幕目は、心象風景というよりは、李香蘭の成長と時代の変遷を伝えることに重点を置いている感じで、むしろナレーションにメロディーがついているとも思えてしまうんだけど、ここで川島芳子の声が観客を誘導することになるのだ。
また、男性陣のパフォーマンスは、動きが少なくなりがちな展開の中で、圧倒的な場面となった。




劇場はお芝居やミュージカル専用だからかな?
面積のわりに急斜面の客席。
高所恐怖症としては、手すりの向こうに引き込まれそうな視界だ。
というわけで、2階席でも、舞台からの距離は遠くない。




今回の舞台に誘ってくれた友人は、文章も舞台も技術などの見地をブンッと越えて、哲学として心で咀嚼する人だ。
本人としては、刺激に直接揺さぶられてしまうので、しんどいこともあるかもしれないけれど、うらやましいほどだ。
良い機会をありがとうございます。