のたうつ者

のたうつ者

のたうつ者

左官
日頃は、あまり接触のない職業。
まして、左官がこんなにも芸術として確立し、幅広い可能性を持っているなんて知らなかった。
のたうっているのは、左官職人 挟土秀平さん。現在46歳。
今でも、いい仕事ができるかどうか不安になって、壁の前から逃げ出すこともあるんだって。
この本は、挟土さん自身がこれからもがんばっていけるようにと自分に向けるメッセージなのだそうだ。
すねたり、嫉妬したりと、どちらかというと細めの神経を持ち合わせている著者は、一方で、自分が魅かれるものに対して、無防備に魅かれて飛び込んでいく大胆さを持ち合わせている。




主な製作としては、飛騨高山テディベア・エコビレッジの暖炉周りの壁、TBS番組のEWS23の壁、高山市の光記念館など多数。
この仕事たちを芸術と捕らえるときに、絵画や焼き物と違う点は、壁を塗る建物と周りの景色を調和させ、土地の歴史や風土までも表現すること。
今でこそ、マスコミのおかげで知名度があがり、芸術家のような扱いを受けている挟土さんだけど、基本は壁を塗る職人だと本人は言う。
本の内容も成功物語というよりは、どんな風にのたうったかの記録。




岐阜県左官会社「挟土組」の社長の息子に生まれ、自ら左官になって跡を継ぎたいと考えていたので、熊本の左官会社に修行に出た。
ものすごくがんばって技能オリンピックで優勝もしたけど、会社からは良い仕事がもらえない。
父親と土下座までして、修行のために入れてもらった会社なのに辞めて、名古屋の会社へ移る。
そして、父親の「挟土組」に戻るけど、そこでは二代目としてちやほやされるどころか、会社内部の人間からは無茶な要求や陰湿ともいえるイジメ的扱いを受ける。
それを助けてくれるのは、外注の左官職人たちだ。
気まぐれで扱いにくい外注職人たちだけど、仕事は一流。
納得すれば、自分の心身を削ってでも助けてくれる。
会社でいつもイライラして、孤立していた挟土さんが抱え込んだ無謀な仕事をなんとか納めることができたのも彼らのおかげだ。




コンクリートを塗るだけでなく、土の魅力にとりつかれていき、営利目的だけでない、人間味のあるいい仕事をしたいと、継ぐはずだった父親の会社から独立。
お父さんは、泣きながらも許してくれたそうだ。
行く先々で採集した土の標本。
土は裏切らないと挟土さんは言う。




作った会社には、前の会社から職人さんが何人かついてきてくれたけど、地元ではしがらみがあって仕事がなかなかとれない。
自分の東京に契約のために来ても、経費節約のため、路上駐車の車で一夜を明かし、朝になったらスーツに着替えて、相手の会社を訪ねたりという貧乏なスタートだったそうだ。




そして、高山での大正建築の洋館との出会い。
移築のための解体作業では、当時の職人たちと建物を通じて交わる。
移築する際には、地霊を感じ、また新しい感性が生まれる。




資産は自分。
投資できるのは自分という存在のみ。
終わりのない事業。
私も終わりのない自分でいたいと思う。