だましゑ歌麿

だましゑ歌麿 (文春文庫)

だましゑ歌麿 (文春文庫)

田沼意次の腐敗政治が終わった頃の江戸。
十手を握る仙波が、喜多川歌麿の女房殺しを追ううちに、事件が黒くて厚い幕に覆われていることに気づきます。
単なる捕物帳ではなくて、官と民が、何をもって「政」(まつりごと)となすかの引き合いが言葉の無い戦いとなっているのがおもしろい。
美人画などの文化、絹、甘いお菓子・・・庶民が生活の楽しみとしているものを、お上は「質実剛健」のもと厳しく禁止します。
その一方で、庶民の知恵は、生活に密着しているので、官の力の合間をうまく縫っていく巧みさがたくましいのです。


そんな引き合いを背景に、複数の顔を持つ登場人物らがうごめいています。
インターネットもなにもない時代で、人が人を観察し、見抜いたり、信じたりしながら事件が明るみになっていく過程がスリリング。


ストーリーのわりにページ数が多いなあという感じもあったけど、江戸時代と現代の町の違いも楽しめる。
昔の深川って、こんな感じだったんだー。
江ノ島や箱根までの距離感って、このくらいだったんだー。
うなぎの蒲焼って、庶民的な料理だったんだー。
特に、歌麿やのちの北斎などが主要登場人物として出てくるので、作品でしか知らない彼らの素顔(フクションだけど)が想像され、どきどきするなあ。
当時の美術文化や画家と画商のつながり方など、多角的にほほぅと唸ることができます。
印刷が版画に頼られていた時代だけど、板も貴重なので、よっぽどの作品でなければ、版下はどんどん削られて、薄くなるまで新しいものが彫られていくという話や、武士が美人画などに執心するのはみっともないので、それを買うためにどんな画策をするか、とか。



エンディングは、単純に「悪が倒される」とはまた違った、すがすがしい感じ。
仙波の恋の成就も、時代物らしくてよいです。
映像で見てみたいです。