女たちは二度遊ぶ

女たちは二度遊ぶ
女性との出会いが11個書かれていて、それらのタイトルがほとんど全て「○○の女」のように抽象的な女性像となっています。
どの話も男の人からの視線で、名前も知らない女性との出会いから、名前を知って、その存在が確立しそうになる・・・・・そこまでの話。
なんだか、胎児がだんだん人間としての機能を備えて、個として存在するようになるまでのように、「○○の女」はだんだん出会った男の人の意識の中で育ち始めるのです。



男の人って、わりとこういうふうに女性を見てるの?
え?
そーなの?



「最初の妻」は胸キュンです。